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365ページのカプリス

カプリス=気まぐれに、気になる情報を!

金子行宏(三宝会長)・金子博信(社長)の経歴プロフィール!

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レストラン三宝をご存知でしょうか?
新潟で大人気のファミリーレストランです。
消費が低迷している外食産業で、売り上げを伸ばしている奇跡のファミレス。
どんなお店なのか人気メニューなども調べてみました!

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  もくじ

金子行宏会長の経歴とプロフィール。

かつてはフランス料理シェフ!

創業者である金子行宏さん(元会長)は、1938年栃木県生まれ。
若い頃は、フランス料理のコックをされていたそうです。
かつては日活国際ホテル、その後新潟東映ホテルに勤務。
計11年フランス料理人として第一線で活躍。
その後、ご結婚されて新潟に留まり独立を決意!

中華料理店「三宝飯店」オープン!

1967年(昭和42年)、のちにレストラン三宝となる中華料理「三宝飯店」を開業。
フランス料理のコックだったのに、中華料理屋をオープンした金子さん。
その理由は、洋食屋を開いて独立された先輩方の店がうまくいってなかったからだそうです。
そこで、少し経験のあった中華で勝負しました。
でも、料理のプロであり味覚に優れた金子行宏さん、お客さんの舌を満足させることに成功したそうです。
翌年の1968年に長男で元社長の博信さんが誕生!

2年後の1970年(昭和45年)にお店を黒崎町に移転し「レストランハウス三宝」に。
店舗を増やしたりしていったものの、起動に乗るまでは大変な苦労があったそうです。
レストラン三宝についてはこちら。
レストラン三宝・新潟店舗一覧!人気メニューと値段は?持ち帰りも可能? 

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金子博信社長、プロフィール

金子博信さんは1968年新潟生まれ。
現在48歳とですね。
大学進学で東京にいた金子博信さん。
19歳の時に父親であり、三宝創業者である金子行宏さん(現会長)に呼び戻されて、店で勤務することになったそうです。

ロイヤルホストでバイトをしながら接客やシステムについて学んできたそうです。
地元に戻り、支店を任されてからは8時に出社し、夜中の2時3時まで働く激務の日々が続いたとのこと。
その問題点は野菜をカットするなどの仕込み時間が取れないことだと気付いたそうです。
そこで、店舗全ての野菜などを一箇所で下準備し、各店に運ぶシステムを確立!
現在のグループ会社である食品加工センターの始まりだったそうです。

いいアイデアですね!
激務が続くと体も心配ですし、改善案が見つかってよかったです!

34歳で社長に!

34歳という若さで社長となり、基盤固めに海外に目を向けた金子さん。
中国やシンガポールで上場し、利益を確保できるシステムを構築していったそうです。

父と息子で味を追求!

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出典http://sanpou-g.co.jp/restaurant_sanpou/

店舗を増やしていく中で、何ヶ月もかけて親子で美味しいラーメン屋さんをめぐり、美味しいスープの開発に力を注ぐなど、努力を重ねたそうです。

ラーメン屋さんを巡るのって、ちょっと楽しそうですね!
でも、きっと仕事を起動に乗せるための真剣勝負なので、楽しむ気分じゃないのかもしれませんが…。

社員教育も徹底!

お客さんを喜ばせるために、とても味の完成度にこだわりを持っているそうです。
例えば、チャーハンを作れる職人は検定試験があるんだそうです。
美味しく作れなければ合格できないそうですよ!
サービスにも力を入れ、接客が好きになれるように教育しているそうです。

引用元・http://www.heri.co.jp/01mon/pdf/kiku/1202-kiku.pdf#search=%27%E9%87%91%E5%AD%90%E5%8D%9A%E4%BF%A1+%E4%B8%89%E5%AE%9D+%E7%B5%8C%E6%AD%B4%27

さいごに

熱意と徹底したシステムにより、きちんと利益を生みながらも、味も良くリーズナブルで、サービスも良いレストラン三宝
非の打ち所がないって事ですよね…。
このような会社を築いた金子さん親子、本当に凄いですね!

読んでいただき、ありがとうございました。

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