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365ページのカプリス

カプリス=気まぐれに、気になる情報を!

野本良平(羽田市場)wikiプロフ! 柿安、apカンパニーを経てCSN地方創生ネットワーク!

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出典・http://www.careerwoos.com/contents/topinterview/ti_40.html

CSN地方創生ネットワークの「野本良平」さんをご存知でしょうか?
今、大注目の超速流通、『羽田市場』を作られた方なんです。
問屋業からメーカー、寿司店、そして老舗有名店『柿安』の執行役員の経歴をお持ちで、課題に向けて挑戦し続けるスゴイ方です!
一体どんな人物なのでしょう?

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もくじ

 野本良平さん、プロフィール!

職歴

1965年11月23日 千葉県出身
1987年株式会社東洋食彩専務取締役
2000年株式会社デリカネット・ジャパン代表取締役
2003年四川徳利佳食用菌開発有限公司董事
2006年株式会社銚子丸常務付経営企画担当
2009年株式会社apカンパニー取締役副社長
2013年株式会社柿安本店常務執行役員
2014年10月CSN地方創生ネットワーク株式会社設立、代表取締役に就任、現在に至る。

出典・トップインタビュー(第40回 「CSN地方創生ネットワーク株式会社 代表取締役 野本良平氏」)|エグゼクティブ・経営幹部・管理職の転職、人材紹介のキャリアウォーズ

羽田市場のしくみとは?

2015年9月29日にオープンした羽田空港の鮮魚の加工センター「羽田鮮魚センター」
普通の市場のようにこの施設で取引が行われるわけではありません。
鮮魚の販売は全てweb上のオンラインマーケット「羽田市場」を通じて行われています。
各地方の漁師の方々、卸先の小売業や飲食店と直接契約を結び、独自システムにて大量取引を顔が見える形でマッチングする仕組み。
そうすることで、産地の市場の卸売業者や買受人・築地等、中央市場の卸売業者や仲卸買受人を介さない取引に!
このシステムで、可能になったのがこちら

  1. 日本全国の夜中〜早朝にとれた魚が、朝1番の飛行機に乗ってセンターに届く。
  2. 仕分け・加工を行った上で東京・埼玉・千葉の飲食店に15時〜16時頃に届く。

という「超速鮮魚」という仕組みを実現!!

オンライン上の市場、斬新ですね!
買い付けに足を運ぶ必要がないというのは、時間や人件費の節約、エコにも繋がり素晴らしいですよね。

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野本良平さんの経歴 

野本良平さん、羽田市場を作るまでには、長い道のりがありました。
どのようにして今に至ったのか、経歴をまとめてみました!

最初はバンドマンになる予定だった!?

千葉県船橋市出身、4人兄妹の末っ子として誕生。
中学高校と音楽にのめり込む
バンドを組み、コンテストで優勝、さらに音楽に没頭。

ご実家は業務用食品を病院や学校等に卸す問屋さんでしたが、家業を継ぐ意思はなく、
高校卒業後は音楽の道へ進む予定だったそうです。
ところが、車の免許を取得すると、トラックで家業の商品運搬を担うことに。
さらに、お父様が倒れてしまい、しぶしぶながらも手伝う日々

カーナビが人生を変えた?

ある時、転機が訪れます!
購入したカーナビに自分の行くパチンコ屋や実家を場所を入力したところ、あまりに近距離すぎてルート案内が出なかったそうです。
その瞬間「なんて狭い世界いるんだ!」と強烈に焦ったそうです。
意識と態度を変え、仕事に取り組んだそうです。
すると、どんどん仕事に結果が出て、楽しくなっていったそうです。

問屋からメーカーへ

問屋は非効率的で将来がないとの考えから、メーカーになりたいと思うように。
そんな時、倒産した得意先企業の工場で、1人でメーカー業を始めることに。
当時ご結婚されたばかりだった野本さん。
奥様は小売業界で商品開発の仕事されていたので、心強いパートナーでした。

最初に作った中国から仕入れたタケノコの食用素材が軌道に乗り、数億円をかけて最新鋭の工場を建て、メーカーに専念するようになりました。

中国との貿易ビジネスから回転寿司へ!

やがて、中国の仕事の面白くなり、35歳で自ら中国との貿易ビジネスを始めます。
中国で原料を仕入れ、日本で卸し、二国間を往復する日々。
そして、「取引は大規模にもかかわらず現地の生産者は貧しい」という状況を変えたいと考えるように。
そしてそれは、中国以前に日本にも起きている問題だ気づいたそうです。

その後、日本に戻り、様々な会社からのお誘いがあったそうです。
課題解決のため、グルメ回転寿司の銚子丸社に入り、流通チェーンにおける買い手を経験し、業績を上げジャスダック上場に導きます。

apカンパニーで、「朝どれ」成功!

飲食店を運営する、エー・ピーカンパニー社と出会い、入社します。
野本さんは、2000年位から「次の飲食業態は原料から自社でまかなう時代になる」と予測していたため、エー・ピーカンパニーが養鶏場を持っていたことが決め手でした。
製造から卸・小売りまで幅広く携わった経験から、流通面を変革、仕入れ値を大幅に下げて生産性を上げます。

漁師と直接の取引し、とった魚がその日に店にならぶ「朝どれ」が多数の全国メディアに取り上げられました。
全国で「朝どれブーム」が起こり、会社は東証マザーズへの上場。

柿安から、起業へ

その後、より大きな挑戦をと、老舗食品メーカーの株式会社柿安本店で常務執行役員となります。
しかし、老舗企業ということもあり、新しいことを進めることは難しい部分も。

高待遇ながら、もっと一次生産者と接したいという思いが募り、一度は断られた羽田空港に、原料の流通経由地点としての加工工場設立を以下の理由で、打診し続けました。

  • 日本に400以上もある有人の離島の収入源のほとんどが漁業であること。
  • 国の補助金で活性化を図るも、現地に住むのは老齢者中心で沢山売るのは難しいこと。
  • 「朝どれ」の需要大きく、同じ魚が東京や大阪に当日届けば非常に高値で売れる。
  • 築地等から輸送すると漁の翌々日以降、でも羽田から当日に届けば、飲食店側で3日間は刺身として出せ廃棄ロスも減ること。
  • 取引をweb上で一括で行うことで、生産者の顔が見える取引が出来ること。
  • 羽田空港を利用した流通システムを築くことで、最終的に地方創生できること。

熱意が実り羽田空港が許可、48歳で独立。
羽田を拠点としてCSN地方創生ネットワーク株式会社を立ち上げ、6次産業化に本気で取り組みはじめました。

参考元
http://www.careerwoos.com/contents/topinterview/ti_40.html

https://an-life.jp/article/669#/page/5

全力で駆け抜けているような、華麗なる経歴ですね!
野本良平さんの情熱や行動力に感動しました!

野本良平さん、パワーの源は?

野本良平さんの、挑戦し続けるエネルギッシュな行動力。
その原動力はご家族から得られていると思われます。
中国との貿易ビジネスをしていた頃は、日本に住む奥さんの由美子さんと、愛娘の夏帆ちゃんに会うためにも、日本と成都を往復する日々だったそうです。
きっと、とても理解があり包容力もある、賢い奥様なのでしょう!
家族の支えがあってこそ、安心して仕事に邁進できるのでしょうね!

野本良平さん「弱きを助ける精神」が成功の元!?

「生産者が潤わないシステムに疑問を抱いたこと」これが、今の羽田市場を生んだ元になっていますよね。
ご自分が高待遇で安定した境遇にいながらも、甘んじず地方の生産者が正当な報酬を受けれるようにと独立する。
中々普通はできないことですよね。
私利私欲よりも、人としての暖かさや正義感で動いている方だなと感動しました。
このような人格が人望を集めて信頼関係に繋がり、成功へ繋がっているのでしょうね!
ますますのご活躍に期待しています!

ブログはこちら→羽田市場ブログ

ガンブリア宮殿にも登場!!

野本良平さんの座右の銘は『ゼロイチ』!
0→1にする、とても大変で勇気のいる挑戦ですよね!
誰もやったことのないことに挑戦し続ける野本さん、果敢でカッコイイですね!

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